奈良時代の服装の資料と史料。 | あとりえ極星堂

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奈良時代の服装の資料と史料。

奈良時代の服装について知るには

  • 当時の史料の『衣服令(養老律令 版)』を見るべし。
  • 奈良市で毎年5月ゴールデンウィークにおこなわれる『天平行列』をチェックするべし。
  • NHK古代史スペシャルドラマ『大仏開眼(だいぶつかいげん)』を見るべし!

こういうことになりますわな!

なお、平城宮跡歴史公園 いざない館では、当時の衣装のレプリカ展示が不定期でおこなわれていたりします。
予定が合う人は行ってみるのが吉。

私は天平衣装を学びたくて、天平行列を前提とした天平装束着付け教室にも行きました♪
そのとき、天平装束復元をなさっている万葉衣装服飾家 山口千代子先生にもお話を伺いました。

私は洋裁を独学でやっていたときがあります。
ので、本ページは、服飾をかじった経験のある漫画家視点で描かれています。
(洋裁独学時代の代表作は、自分用のウェディングドレスです)

このページでは、朝服(ちょうふく)スタイルのさまざまな服装のことを袍・袍服と呼称しています。

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衣装のどこを史実と合わせればリアリティが出るのか

まずは色です。

奈良時代の服装は、基本的に色によって身分がわかります。
つまり、身分によって着用カラー(着用可能カラー)が決まっていたんですな!

ここの色を、当時の決まりに合わせることです。

映え重視のために違う色で絵を描くこともありますけどね…(;´Д`)

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奈良時代の服装を知りたいときはどうする?

奈良時代の服装を調べていて、わからない箇所があったときは

  • 当時の史料の『衣服令(養老律令 版)』を見るべし。
  • 奈良市で毎年5月ゴールデンウィークにおこなわれる『天平行列』をチェックするべし。
  • NHK古代史スペシャルドラマ『大仏開眼(だいぶつかいげん)』を見るべし!

基本的にはコレです。
ぶっちゃけ、衣服令(養老律令)を見ることでほとんど解決です。

わかっちゃいるけど、その衣服令を忘れるんだってばよ!

というわけで、このページに奈良時代の服装メモを残していこうという趣旨です。

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奈良時代の服装の素材。綿はないぞ!!

奈良時代の服装の素材は、基本的に綿はありません。

ごく少数、綿の服が存在していたような情報をどこかで読んだ気もしますが、基本的に考慮しなくていいと思います。

庶民⇒麻。
貴族・皇族⇒絹。

これでOKです。
ただし、貴族・皇族も肌着は麻のこともあります。

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奈良時代の服装の基本的構造は洋服型に近い

不思議なもので、奈良時代の服装の基本的構造は洋服に近いです。
基本的構造ってことはつまり、設計の考え方が和服よりは洋服寄りってことです。

たとえば大きな袂(たもと)は存在しません。
袖は着物よりも細めです。

天平装束着用体験をすればよくわかるのですが、着る人にサイズを合わせてる形状なんですよ。
袍服の襟などわかりやすいです。ほかにもカーブで裁断されてる箇所がそこそこあります。

着る人にサイズを合わせるといえば、和服もそうだと言われればそうなんですよ。
そこはわかってますよ!
天平装束は和服よりも洋服っぽい感じです。サイズ感がシビアといえばいいのかなー。型紙が洋服的というか……。
とはいえ、現代のスーツほどシビアでもないです。笑

まあ、一回着てみて! としか、ここはなかなか言えませんね。

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基本構造と袖丈問題、襟の合わせ

基本構造は、

  • 庶民~奴婢など最下層民⇒貫頭衣
  • 貴族・皇族⇒男性は袍(平安時代より細めシルエット。襟が高いため、インナーは見えない)、女性は上下に分かれたツーピース

です。

リアルさ追求なら、貫頭衣は一年中、半袖(というか仕組み的にはフレンチスリーブに近い)です。

冬の作画で半袖だとさすがに寒々しいので、演出上の狙いがないときは貫頭衣も長袖で私は描いております……(;´Д`)

男性の袍服については、襟が高いのがポイント。

この襟は、インナーを見せません。インナーの着物(肌着)が見えるのは平安時代の着こなしです。

また、シルエットも平安時代よりずっと細いです。
平安時代と似ているようで違うのが、奈良時代の男性の服装です。

杓の形状も平安時代とはじゃっかん違います。
平安時代の杓は下部に向かって細くなりますが、奈良時代の杓は長方形に近いです。
太さを変えるとしても、上部に向かって細くなります。
つまり、平安時代と逆なんですね。

しかし平安時代の杓を逆に持ったら奈良時代になるんかい! といえば、そういうわけじゃないです。
奈良時代の杓のシェイプは、平安時代よりもずっとかすかなもの。
作画としては、長方形で描いたほうが近いものになると思います。

襟の合わせについては、現在の和服と同じ「右前」の合わせ方になったのは奈良時代の719年(養老3年)です。
「衣服令(右衽着装法)」で定められたそうです。

作画視点でいうと、右前なのか左前なのかで、養老3年(西暦719年)以前なのか以後なのかがわかるってことです!(゚∀゚)

西暦719年は、まだ藤原不比等は生きていて(養老4年没)、長屋王も生きています(西暦729年薨去)。朝廷が行基の活動を弾圧していたころでもあります。
天平の疫病大流行はまだ起こっておらず、東大寺の盧舎那仏も建立前です。

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参考文献・参考資料・お役立ちサイト

衣服令(養老律令)の現代語訳を見たい。

官制大観 律令官制下の官職に関わるリファレンス】さまにて掲載されています。

官制大観_律令官制下の官職に関するリファレンス
「官制大観」トップページ。有識故実のうち、主に広義の律令時代を中心とする13世紀以前(古代〜平安時代)の日本の律令官制下の官職に関する自学自習用リファレンスと養老律令の現代語訳。
衣服令 全14条_現代語訳「養老律令」|官制大観_律令官制下の官職に関するリファレンス
「官制大観」付録:現代語訳「養老令」全三十編:衣服令

「古代史ドラマスペシャル」第3弾『大仏開眼』

NHKの力で再現された当時の雰囲気が良きです。
公営市の様子も少し見られます。

書籍『奈良朝服飾の研究』

正倉院宝物に残る当時の衣装の平面図が掲載されています。
洋裁経験のある奈良時代・天平装束のファンの方にとくにおすすめ!

天平行列公式サイト『平城京天平行列の会(旧平城京天平祭)』

平城京天平行列実行委員会 – (旧平城京天平祭)
(旧平城京天平祭)

ヘッダ画像を見るだけでもかなり参考になりますよ~!