
小説『チューベローズの温室』は、橘 塔子さん作の、大人のためのネット小説です。
無料とは思えないほどの重厚な世界観で描かれる、リアリティあふれる物語です。
登場人物のひとりひとりに「こういう人いるよね」という説得力があり、「創作物語のキャラクター」の枠を超えています。
骨太・リアルな群像劇です。
「『なろう小説』はしょせん『なろう小説』だよねー」なんて思っていらっしゃる人にぜひ読んでいただきたいです。
『小説家になろう(※本作が掲載されているのはムーンライトノベルズです)』の印象が変わりますよ。
小説『チューベローズの温室』の舞台は、なんと娼館。
主人公は、娼館ではたらくことになった少女サラ。
物語は彼女が娼館で体験すること、思い悩むことだけでは終わりません。
狭いようでいて、そこは広い世界のとある国、そのとある場所に存在している……。
彼女を通してそんな事実を読者にどんどん突きつけてきます。
これ、当たり前のこととして現実では処理してしまっている情報なんですけど、創作物語ではあまり感じづらい情報なんですよね。
『チューベローズの温室』では、それを自然にやってのけてしまっています。
そう、われわれは物語の世界へ、知らないうちに引き込まれてしまっているのです。
今回は事前に小説を拝読してからイラストを制作いたしました。
以下はその制作過程です。
すぐに浮かんできた構図のアタリ
小説を拝読して、すぐに浮かんできたのがこちらの構図。

小説を拝読してすぐに浮かんできた構図です。
群像劇の印象が強いので、前半のメインキャラクターを配置しています。
主人公サラ、作中で「王子さま」にたとえられるシメオン。
サラが思慕の奥で複雑な思いを抱いているであろうカメリアの三人を、とくに目立つようにしています。
娼館「月下香亭」で暮らす娼婦「フルール」たちはみな、花の名前を源氏名としています。
彼女たちのその名前になっている花々も、画面におさめたいと考えました。
作中の玄関ホールの特徴
- サラの暮らしていた家が三つは入るほどの広さ。
- アーチ形の高い天井。
- 三階まで吹き抜けになっている。
- 白の漆喰壁に色とりどりの花の絵が本物そっくりに描かれている。
- 床もタイル片を敷きつめた花模様。
- アーチを支える太い石柱には、蔦と花が絡みついた模様の浮彫がある。
- 薄く漂う月下香の香り。
は~~~なんて美しい表現なんでしょ。
読んでいるだけでくらくらしてきそうです。
多すぎる色の洪水に、サラは眩暈がしてきて瞼を閉じた。
本文のこの文章が印象的です。
というわけで、イラストのキーワードは「色の洪水」に決定。
だけどもメインカラーは、作品世界のイメージとしてわたしが感じた「花のような紫を帯びたピンク」で調和を取ることにします。
まずはキャラクターデザインをせねばなりません。
イラストに入るキャラクターのデザインをする
キャラクターの特徴は、小説を拝読しながら抜き出し作業をおこないました。
主人公サラ

- あでやかな赤毛を三つ編みにしている。
- 丸い輪郭、小ぶりで形のよい鼻、口角の上がった薄い唇。
- 深い褐色のパッチリした両目。
- どことなく猫を思わせる愛らしい顔だち。
- 前半では十一~十六歳。
- チュニックにポケットつきのエプロン。
- 十四歳時の体型⇒胸も尻も薄く、少年のようにほっそり。あでやかさには程遠い。
クロード

- 砂色の髪。暗緑色の瞳が陰気に光っている。
- 二十歳そこそこ。
- 尖った鼻、薄い唇、切れ長の目。鋭い刃物のような雰囲気を持つ若者。
- 真夏でも着ている黒いマントには、花弁の大きな白い花模様がある。
- 黒づくめの姿……黒い皮手袋、腰に据えた長剣、襟付きの黒い上着。
- わずかに右足を引きずる癖のある歩き方。
- よく鍛えられた肉体は彫刻のように均整がとれている。
娼館の主 マダム・ローズ

彼女が娼館の主です。
- 小柄、むっちりとふくよか。
- 真っ赤な細身のコタルディを着ている。ひらひらした長袖。胴を絞った飾り帯から金色の剪定鋏を吊り下げている。
- 大きくせり出した胸元に、金細工の重たげな首飾りが輝く。
- 丸い手首には金の腕輪。
- ヒールつきの硬い革靴。
- 四十歳過ぎ。
- 赤みがかった金髪を黒い髪留めでまとめている。
- 醜女。頬のたるんだ丸顔、思いきり離れ離れになった黒い目、ひしゃげたような鼻、揺れる二重あご。厚化粧が造形の悪さを強調している。
サラの友人 アイリス

- 柔らかく、細く、結い上げにくい栗色の巻き毛。愛らしい薔薇色の頬。薄化粧。薄茶色の瞳。
- サラより背が高く、ふっくらと女の子らしい肉づき。
- 可愛らしい顔だちだが、個性が薄く、未完成な印象。
- 青紫色の花かんざし。
- 胸元が開いたコットにストールを羽織ったしどけない姿。
ウィステリア
その1

この段階ではドレスの色が不明です。
- 背が高く、ほっそり。立っているだけで満開の藤花を思わせる。
- 三十代後半。「若いころはどんなに美しかったか」と想像が膨らむような美女。年相応の落ち着きがある。
- 垂れ気味のまなじり、口元のほくろがなまめかしい。
- ゆるく巻いてまとめたこげ茶色の髪。
- 化粧はきっちりしているが、けばけばしい印象はない。
この段階で、ウィステリアの着用ドレスのカラーはあまり詰めていませんでした。
そのため「黒かそれに近い色のドレスを常用している」とのご指示をいただきました。
その2
ドレスの色情報を追加したイメージです。

ドレスの色情報追加で、ちょっとそれっぽくアミカケしています。
アイリスの心を揺さぶる少年 ジュスト

美少年なんだけどいろんな意味で幼い……そんな感じを出したかった!
- どう見ても十代半ば。幼さの残る顔。
- 金髪、潤んだ茶色の瞳。
- 筋肉は薄い。
王国の殿上人 ベレック
もーーーーわたしのめちゃくちゃお気に入りのキャラクターです!!
いつも以上にワクワクデザインをしました。

- 黒髪、黒目。三十代半ばくらい。
- 高い鼻筋。奥まった両目は思慮深い。
- ややえらの張った頬と口元はひげに覆われている。
- やせ気味の色白の身体。あきらかに軍人のものではない。
シメオンとびみょーな立場でびみょーな関係があるといえるベレックは、彼と(ビジュアル的な意味で)対になるのではなかろうかとイメージしました。
作中で、シメオンは流行の服装であることが書かれていますので、それに対するかたちでベレックは保守的な服を着てもらいました。
毛皮つきのガウンは、中世の紳士が着ていたガウンをもとにしています。
舞台であるアルボレダ王国の気候(本編第四話では冬の季節)とも「とくにずれはない」とのお言葉をいただき、こちらの衣装で決定としました。
……が、実際のイラストではとっても小さいカットでの登場なので残念!
「王子さま」にたとえられる青年 シメオン

清潔感のあるイケメンを目指しました!
- 二十歳くらい(初登場時)~
- 濃い蜂蜜色の髪。濃紺の瞳はアーモンド型はいかにも育ちのよい軽やかさがある。
- とても整った顔立ち。まっすぐな眉と鼻筋が意志の強さを表している。
- 頬も首筋も健康的に日焼けをしているが、労働者には見えない。
- 流行の短い青のシュルコ、細身のブレーに型押しのベルト。はやりの服が嫌味なくなじんでいる。
薄手のマントを肩にひっかけているときも。 - 「かっこよくてお洒落でお金持ちで、思っていたよりちょっと庶民的な感じだったが、素敵な王子様である」――サラの印象より。
サラがあこがれを抱く先輩 カメリア

小説で初登場シーンを拝読したときから、こんな感じのキレイなつくりのお顔がイメージに浮かんできてたまりませんでした。
- 長い黒髪、春の空のような淡い青の瞳にはつねに凛とした強さがひそんでいる。長い睫毛。薄い紅色の唇。
- 線の細いはかなげな美貌の持ち主。どんな客に対しても従順。
寒さに耐えて咲き誇る椿の花のような印象の女。 - サラより十歳年上――二十一歳(初登場時)~
- 少し後れ毛を残した結い髪が肌の白さを引きたてている。
- 本編での着用コタルディの色:薄紫色、朱色。
- 本編での着用コットの色:無地の青。
このとき、髪は左耳の横でひとつに束ねている。 - 所有アクセサリー:
椿の花が浮かびあがっている赤瑪瑙のカメオ。ふちは小さなダイヤモンドが飾る。
翡翠の耳飾り。
銀細工のかんざし。
金の指輪。
ラフ
こちらがラフ画です。

各キャラクターの配置は最初の構図案と変わっていませんが、最後列右から二番目の位置にいるウィステリアのみ、立っている→座っているに変更になっています。
「サラは幼いほうがイメージに合っています」とのご指示をいただいたので、幼さを心がけて描きました。
彼女がお盆で運んでいるのは、作中でのちにキーワードとなるらしいお花です。
画面左と左寄り中心の円柱にチューベローズを描きました。
テーブル上の左の皿にはバラを、右の酒瓶には藤の花を活けています。
真ん中はフルーツのカゴ盛りです。花はいずれ果実になりますので、果物を描くことにしました。
カメリアは髪に椿の花を飾っています。
顔が向こうを向いているアイリスはアヤメのかんざしを挿しています。
月下香亭と、女性キャラクターの源氏名になっているお花をおさめた絵としました。
カラーラフ
タイトルに含まれる「温室」という言葉、そしてその温室である舞台・娼館から、ピンク色や紫色の空間、そこに散る白い花びらの色をイメージしました。

サラのお盆の上に乗っている花の色が本番と違います。

この段階で、サラの持っている花の色について、修正のご指示をいただきました。
白~黄色がメインのお花なのに、わたしの調査不足でマイナーな赤色にしてしまっていました。
もちろん本画ではきちんと白色で塗らせていただくことになります。
完成作品
実際に完成した作品がこちらです。

